龍とは何か

滝を登り切った鯉は龍になれる

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『成った日』
登竜門
とうりゅうもん
立身出世のための関門や、人生の岐路となるようなだいじな試験をいう。
「とうりょうもん」とも読む。
竜門は中国の黄河上流(山西省河津県と陝西(せんせい)省韓城県との間)の急流で、ここを登りきった鯉(こい)は化して竜となるとの伝承があり、『後漢書(ごかんじょ)』「李膺(りよう)伝」に「膺、声名を以(もっ)て自ら高ぶる。
士その容接を被る者あれば、名づけて登竜門となす」とあるによる。[田所義行]
出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例
デジタル大辞泉の解説
こい‐の‐たきのぼり〔こひ‐〕【×鯉の滝登り】
1 鯉が滝をのぼること。また、勢いのよいことのたとえ。
2 《黄河の上流にある滝、竜門を登ることのできた鯉は竜になるという「後漢書」党錮伝の故事から》立身出世することのたとえ。

「滝を登り切った鯉は龍になる」という故事を聞いたことがあろう。
一般的には、「勢いの良いことのたとえ」として使われる。
その「滝」とは、百般の滝ではなく、「事を為しえるために通り抜けなくては成らない関門」にあたるものである。

生ぬるくあるはずがない。

厳しい関門を突破した者のみが手にすることができる成果というものがある。
昨今では、「がんばらない」「無理しない」「流れに任せる」などの考え方が人間の世界に流行しておるようだ。

自らを破壊するほどの「がんばり」「無理」「逆らう」については、それでよかろう。

だが。
何か手に入れたいものがあるならば。
それが大きければ大きいほどに、通り抜けねばならない関門は、高く狭い門となる。
それが、道理というものだ。

『成った日」

この作品は、鯉がまさに滝を登り切り、願い願った「龍になる」瞬間を描いている。
タイトルは『成った日』
天然板に、焼き絵という技法で描かれたものである。

ここに至るまでに、どれほどの努力があったか。
どれほどの、己との闘いがあったか。
流れとの闘いがあったか。

到達した暁に得るであろう姿を見失わず。
ただ、その到達と成功を信じ。
落ち下る激流に逆らって、登り切る。

がんばらない、無理しない、楽に流れのままに。

人間とは、それだけでは満足しない生き物なのだ。

この地球上で、唯一人間だけが。
そのようにして、得られるものを求める能力を備えているのだ。

休息して力を蓄えた後は。
それを、願う未来を手に入れるために、使うのだ。

闘う相手は、他人ではない。

押し流そうとする流れであり。
流されるをよしとする、己である。

我らは、昇ろうとする者達に力を貸す存在であり。
後押しをする存在であり。
見守る存在であり。

共に在る者である。
 
 
 
 
 

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